〒039-1109 青森県八戸市豊崎町中谷地43-2
0178-27-6862
営業時間10:00~17:00
定休日月曜日・火曜日
瑞光天とは- about -
瑞光天とは

災害のときは 心穏やかになれる努力が必要かも知れません


 この時期になると思い出す事があります。
今住んでいる家は建て替えたものですが、その前は日本家屋の仕様でした。
自宅と父の仕事場は長い廊下で繋がっていて、子供の頃はトイレに行くのに廊下の曲がり角がニ箇所あって、それがとても恐ろしく感じられたものでした。
家は小さな医院を開業しておりまして、入院している患者様もいらっしゃいました。
それでもお正月やお盆は皆様が自宅にお帰りになられて、入院室はみな空の状態でした。
 お盆休みが始まった夕刻、空になった入院室を調べてまわり、誰もいないのを確認してから施錠し、自宅のエリアでお盆の食事の準備をしておりました。
その日も診察がありましたから、夕食時間も遅くなり、父が入院棟に書類を忘れたとのことで、母と私は施錠を外し入院棟に入って行きました。
書類が見つかって帰ろうとしたとき、レントゲン室の扉を激しく叩く音がしました。
それは人が全身の力を振り絞って叩く音でした。
母と私はびっくりして走って自宅エリアに来ると、母が「お父さんのいたずらじゃないかしら」と言いました。
それは、父はよく手の込んだいたずらをする人で、気味の悪い被り物をして廊下に立っていたり、木の陰から突然出てきたりで、母からよく叱られていました。
それで怒りながら父のところに行って、「どうしてあんな事するの?!」と言うと、父は本を読んでいて、「何したんだ?」と驚いて言いました。
しかし自宅エリアから入院棟まで、一つの廊下で繋がっているので、いたずらしたなら隠れようがありません。
弟と私と両親で、見回りに行きました。
父は空手や琉球古武道をやっていましたので、サイ(釵)を持って、何故か私は木鉦(もくしょう)を叩く棒を持って行き、全て見回りましたが特別変わったことはありませんでした。
家族全員が静かになり、背筋がぞーっとしたはずです。
 父は昼間でもレントゲン室にこもるのを嫌がりましたが、何か特異な空気感を感じていたのでしょう。
レントゲン室は鉛を多く使っていますので、中にこもったものは外に出づらい状態となります。
病院でも昔は、多くが地下にあったり霊安室に近い場所にあったりすることが多かったようです。
ずっと若い頃、病院の地下でレントゲンを撮るとき、その場に行くと涙が止まらなくなり、なにかに取り憑かれたように悲しくなることがよくありました。
今は換気システムもあり、あの頃よりも格段に進んでいるはずで、また場所も地下から一階になったようで、それは良かったと思います。
医療や美容関係、マッサージなど人の体に触れる仕事や、事故車を扱う車関係などの仕事の方々は特に、多くの「負の波動」を受ける可能性がありますので、「お清め」をまめにすべきでしょう。
シャワーの時など、粗塩を体にふったり洗い場にまいたりするのも良いといいます。
 さてあの音の原因は、未だに分かりませんが、それより何年か前十勝沖地震があり、遺体が集められた場所は家から近くで、検視したのも父でした。
また心臓病が急変して亡くなる方も居られたようです。
緊張し続ける心の様子は眠れなくなるほどだと、東日本震災のあった夜から、私も感じておりました。
震災経験者の中に、避難所でもしかすると少量のアルコールでもあれば、いくらかの助けになったかと思うと言う投稿があったのを覚えています。
 地面が激しく揺れたり大きな音がしたりするショックを受けると緊張状態が生じ、心臓の具合も悪くなるのかと思えますので、そのようなことを鑑みて心がけることは、リラックスできる何かを持っているべきだということでしょう。
避難時のリュックの中に、そのようなものも入れておくことが大切かも知れません。
私達は誰でも災害になど会いたくないのですが、準備をしっかりして心構えもしたなら、あとは「祈る」という行為も大切なのかと思えます。
どんな人にも最後に残されたことは、祈ることしか無いと私は思います。

 画像は、大雨の降ったある朝やって来た、猫の親子です。
 今日のフィーリングは、青葉市子さんの「海辺の葬列」、米津玄師氏の「海の幽霊」、STING スティングの「Little Wing  リトル・ウイング」かな