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瑞光天とは- about -
瑞光天とは

人生を途中で止められた魂には 志を実現する力があります


 よく映画や小説の世界などで、あの人は邪魔だから「消そう」とか「口を封じよう」という言葉が、出てくることがありますが、裏の世界や大きな権力を持つ人々の世界などの話で、一般的な私達には全く関係ないと感じられるかも知れません。
それでも日常的にいろいろなメディアの中で意見が対立したり、また「その人に発言してもらっては困る」場合など、「あの人は消されるのではないか」といった言葉が聞かれることがあります。
 「消される」ということは、多くの場合「命を取られる」ことになると思えますが、実際に起きた様々な事件や、人が突然亡くなるような場合、そういった「憶測 おくそく」が飛び交うことも珍しくないようです。
いずれの場合にも「憶測」が本当であれ間違いであれ、「その人」はもう「亡くなっている」のですが、もし本当に「何者かに消された」状態であるならば、その魂はしごく無念であるはずだと同情するに余りあります。
この世で私達が生活している中で、例えば「志」を持っていた人が、何者かが「呪詛」や「殺そう」という意図を持ってそれを実行した場合、その「殺された側」はただ死んでいくのではありません。
その「志」が天道に叶うものであるならば、その魂はこの世に存在する人々の共感を集めていくように思えます。
そしてたとえ時間が掛かっても、その志は実現に向けて成長して行くはずです。
それは、その魂のバックアップをするのが「天道」であるからです。
それ故完全に「邪魔ものを消し去る」ということは、不可能ではないでしょうか。
しばらくの間その人は人生を奪われ、口をつぐむ状態になりますが、その魂は天道の力を得て、やがて必ず何かの形を取って「発言」し、志を遂げるはずです。
 私達の日常の生活においても、人間同士の共存の中で上下関係などがあり、その中で「消す」とか「殺す」などという物騒なものでなくとも、何かの祈りに混ぜられたその心の「深い闇」とでも申しましょうか、「負の感情」が相手を苦しめることがあるのかも知れません。
そのようなときは「生霊が苦しめる」ということになりますが、その生霊を発する根本的な背景が、その人のカルマにあるのかも知れません。
何故か自分とは合わない人に出会い、嫌な思いをするというカルマの「設定」が、その人に「生霊」を発することを仕向けることもあります。
何故なら「負の感情」を相手にぶつけるとき、ぶつけられた人に「理」があるなら、天道がその人に味方し、生霊を発した人はその「負の感情」をそっくりそのまま、いつの日か受け取らなくてはならないからです。
それによって「生霊を発した人」は、天道によって苦しみを受け取り、さらなるカルマを作り出し、その人生において結局損をすることになるように思われます。
その時カルマの中に存在して、生霊を発した人にずっと憑いていた「敵」は、その人に復讐を果たすことになりかねません。
それ故自分が生霊を発していないか、その心を時折顧みて、自分の心とある時戦わなければならないかも知れません。
自分の心と向き合い、心の尖った部分を見つけ出しそれを研磨して行く勇気を持ったとき、その人こそ今度は「天道が守るべき人」となるはずです。
朝起きたら口をすすいで、陽の光の方角へ手を合わせることは、「天道に守られる人」になる為の扉を開く、大切な「ルーティン」になるかと思います。

 画像は家の小さな庭の「晩秋」の様子です。
今年は家の木が紅葉する経過も知らぬまま、ときを過ごしたように感じます。
気がついたら、この木も残すところあと少しの「紅葉」でした。
この秋は本当に時間的精神的余裕が無いまま、今に至っております。
 今日のフィーリングは、藤原道山氏の「ピエ・イエス~レクイエムより」、浅野祥氏(津軽三味線)と藤井洋氏(エレクトーン)の「祥風 しょうふう(幸運をもたらす風)」、笹川美和さんの「笑 ワライ」かな