本当に愛する者に天は悩みを与える事があります

人は自分に災いが降り掛かった時、過去の振る舞いによって、何かの罰を受け償わされているのか、あるいは誰かの強い想いが自分をこのような状態に導いたのか等、様々な暗い色の霧が心を覆うとき、「疑心暗鬼」の中で悩み苦しむことがあります。
その時に生じた心の中を駆け巡る想いは、人の精神だけでなく、その行動をも、思ってもみなかった方向へ向かわせてしまうかも知れません。
心の中に駆け巡った黒い感情や、人への疑いによる不信や、自分自身が置かれている袋小路のような感情の閉塞感も、それは結局何であるかといえば、他人の苦しみをよく理解するための、大切な布石であると思います。
憎しみなど負の感情を抱いた相手に対する、自分の心の「沸点」をよく理解することは、人との穏やかな会話の中で、相手の真実を知る機会を得るかも知れない、心のキャッチボールを続けていけるなら、それは人間性の広がりを養う事であり、「その人の人間性を待つ」ことで、それは社会でも学校でも、「和を保つ」ための大切な「時を待つ」修行であると思います。
恐らくどんな人にも、一生のうち何度も運の良し悪しが変転するような日々はあるはずですが、「自分以外の人」に対するものの捉え方としては、「自分の心の沸点」を見極めることが出来ると、ほぼ無敵となれる気がします。
例えば病気等で、ひとつの空間で考える時間が与えられるとすれば、それは天の采配であるかも知れません。
病気やケガに依って、静かに自分を顧みることができるような、「時」を過ごすこしながら、誰か自分と対立したり理解し辛い人がいたとして、その人に対する、こちら側からの意見があるわけです。
その噛み切れない感情を伴った意見の故に、その人に対してよい感情が湧かなかったときなど、そういった静かな空間で時を過ごすなら、相手に対して「あのときはこうだったのではないか」といった、考え方の幅広さとでも申しましょうか、一方向だった怒りや哀しみの想いが、解き放たれることもあるでしょう。
それは結局何なのかと思えば、その経験によって、考え方や理解の幅を広げることによって、「人への優しい気持ち」を育てることになるはずです。
自分に訪れた病気などの、「停滞のとき」に直面するなら、淡々と自分に起こったトラブルにだけ特化して、自分自身を見詰める勇気が必要になります。
そのような人がこの世にやってきたのは、成さなければならない事があったからなのです。
会社や様々な部署のなかで、それぞれの直面すべき現実の中で、知るべきことがもっとあるように思います。
突然の病気などが自分に起こったとき、それは天からの伝えるべきメッセージであることも、意外と多いのですが、それは本当に愛する者にこそ、指南することは多いはずだからです。
何故なら人はそれによって、ザラザラした車体から鉄粉を取り去るように、きれいに磨かれ、本当に美しい魂を手に入れます。
それは己のカルマを滅して行くことになる筈で、そしていつの日か、本当に心穏やかになれる日が来たとき、心の中に浮かぶ方々がたくさんいらしたと分かるはずです。
自分の敵だと思っていた方々の厳しい言葉や態度さえ、自分を磨く大切な使者であったことを知る日、その人は「本当に無敵な人」と成り得るかと、私は思います。
今日も読んで頂けましたことに、心よりの感謝をお伝え致します。
皆様の今週に、心穏やかな日々が沢山あります様に、お祈りしております。
画像は八甲田山です。
今年になって初めての「八甲田山」でした。
だいぶ暖かくなって来たと思っていましたが、道路の脇にはまだ雪が残っていて、いつもこの時期になってからですので、初夏の気温と傍らの雪が、八甲田山の複雑な気温の変化と大自然の厳しさとを、物語っていると感じました。
今日のフィ−リングは、竹内まりやさんの「いのちの歌」、Keala Settle & The Greatest Show Man Ensemble キアラ・セトル・アンド・ザ・グレイテスト、ショウ・マン・アンサンブルの「This is Me ディス・イズ・ミ―」かな

