大自然と生きものの在り方を考えてみたいですね

このところ雨の日が多く、怪我で傷めたところが痛み出しております。
この様な湿った空気は、外傷やリウマチで苦しまれていらっしゃる方々には、とても辛い日々であると思われます。
私も含めまして、お見舞い申し上げます。
今日は「お参り」のため外出しましたが、山奥でしたので、クマさんに出会うのではないかと、少し急いでお祈りしました。
先日何処かの記事で読んだのですが、北欧は森にヒグマが生息しているそうです。
それでもクマたちはとても臆病で、人のいる所へはあまり出て来ないそうです。
ヒグマと言えば北海道を思ってみると、ツキノワグマより大きくて凶暴な感じがしますが、北欧のヒグマは人のいる所を避けてくれるようで、これは北欧の国が、森林を大切に保存しているからなのかもしれないと思います。
例えばスウェーデン🇸🇪では、誰かの土地であっても、森の中でベリーを摘んだり、緑を楽しんだりすることが当たり前になっていて、国民には「自然を享受する権利」というものがあるそうです。
そして誰かが森に入って行ったのを見たら、たとえ森に入って行きたくても、しばらく時間をおいてからにするのが、礼儀であると聞いたことがあります。
それは「森に入っていく人と、自然との触れ合いの静かな時間を、大切にしてあげるべきだ」と考える北欧の方々の、真心の表れでしょうか。
その様な自然との関係を大事にして来たからこそ、森で生息している生き物にも、何らかの配慮があるのではないでしょうか。
もしかするとそんな真心が、森全体に染み込んでいて、そこで生きる命たちも、心穏やかでいられるのかもしれませんね。
人が暮らすための利益だけでなく、森で生きるもの全てへの配慮とバランスを考えて、大自然と生きてきた経験と、そのための取り組みに心を砕いてきた、非常に知的な文化を感じる事が出来ます。
時折家にも野良ねこが来てくれますが、真心を持って接していくうちに、彼らも何となく親しんでくれるような気がしています。
動物にも心はあるはずで、何かの取り組みによって、心が繋がれる日があるかもしれません。
それでも今日本で私たちが直面している事は、とても不安で恐ろしく不可解な事でもあります。
専門的な生態系の事はよく分かりませんが、昔はこんなに身近で、「クマの恐怖」におののく日が来るとは、思ってもみなかったです。
こんな恐怖が私たち人間に突きつけられているということは、「私達は何かを間違ってはいないか」、「ものの捉え方を見直すべきではないか」など、皆で考えるべき時が来ているのかも知れないと、私は思います。
画像は何年か前の八戸公園で咲いていた、パラたちの様子です。
今日は投稿する写真が見当たりませんので、このようなこととなりまして、誠に申し訳有りませんでした。
今日のフィ−リングは、小田和正氏の「君住む街へ」、Sarah Brightman サラ・ブライトマンさんの「Lascia Ch’io Pianga ラ−シャ・キオ・ビアンガ」、ラッセル・ワトソン氏の「People Get Ready ピ−プル・ゲット・レイディ」かな
今日も読んで頂けましたこと、心よりの感謝を申し上げます。
皆様が幸せでありますように・・・

