魂を込めて祈って頂きたいと思います

皇室典範改正の法案が衆議院を通過し、参議院でも通過させる勢いは当たり前でしょう。
それも国民が「この党とリーダーなら、国民に寄り添って民主主義の根幹を揺るがすことなく、正しい政治を見せて下さる」と信じた、大量の票が押し上げた結果ですから。
しかしながらいざその票を手中に収めた途端、これほど急ぐ必要があるのかと思うような、皇室典範の改正の決着をつけてしまおうというこの現状は、何か心の中に噛み切れない不安とやるせなさを感じてしまいます。
およそ2000年の歴史の中で、継承されてきた血筋を重んじるのは、よく分かりますし一般国民の立ち入ることのない厳格な世界で決められてきた事も知っていますが、それは日本が戦前民主主義でなかったことのせいでもあります。
戦後GHQによって、良しにつけ悪しにつけ「養育指導」された国家の、政治や文化や児童教育などの中で、民主主義が決定づけられました。
天皇を「象徴」と言う存在にしたのも、その結果でしょう。
天皇は日本に於ける「祈り」の最上段に居られ、例え政治に関わらなくとも、その「祈り」によって、日本国の命運の潮流を担っているはずです。
政治に関わる宗教団体があるなら、自分たちの信じた考え方を社会に反映させたいとすることも、それに依って人々の根本的幸福が実現できると信じることも、よく分かります。
またそれだけでなく、この国に不利益を与えようとして政治に関わってくる存在があるとすれば、日本国にとって表面上は分からなくても、実際は魔物的な存在ということになります。
「我田引水 がでんいんすい」は人の心に漂う「想い」ですが、それが漂う心のまま、国家という大船の舵取りにやって来るとすれば、大船の舳先(へさき)は大嵐に向かうことになるでしょう。
私達がいくら目を凝らして政局を見守り、「この人だ!、この人こそ!」という思いを持って押し上げてきた人が、選挙前の「イメージ」と、票を手に入れたあとの「行動」に大きな差があるとすれば、国民は「だまされた!」と思っても仕方ありません。
それでも尚その人ばかりを責めるのは、無理があるかも知れません。
一つの団体の中で、全て自分が決定することも出来ないのがこの世の習わしです。
初めに宣言したことも、現実に実践しづらいことの中に、様々な複雑怪奇な要素があるかと思われます。
「だまされた!」と思う感情の爆発の中で、本当に大切で国民にとって必要なことまで潰されてしまうのは、残念なことでもあります。
その人が失脚しその背後の団体が傾いた時、また別の恐るべき何かが取って代わる危機が、あるのかも知れません。
国民の心が右へ左へ揺れる不安を抱くことの中に、メディアの問題もあるのでしょう。
オールドメディアと呼ばれる、TV、新聞、ラジオなどが、正しく現実を伝えていないと感じ、それらを見ることは意味がないという風潮があります。
どんなメディアでも、それぞれの思想的な背景があります。
その背景が力を持っている時、書くべき伝えるべき事柄にも、限界が生じることは仕方ないことと思えます。
スポンサーや協力者の存在に忖度することも、理解出来るような気がします。
しかしながら、ニューメディアと呼ばれるSNSやYouTubeなどの新しい情報媒体が、全て忖度なく一つの事柄について、伝え切れているとばかりも言えないような気がします。
その媒体の裏にも何らかの力学が働いていて、視聴者をある一つの方向へ、「誘導」しようとするかも知れません。
そしてそのサイトの影響で人の心があらぬ方向へ傾き、「操られる」かも知れないということです。
日本に於いて天皇は祈りの最上段に位置し、国民は天皇を仰ぎ見ながら祈りの心を託し、国民自身も清らかな希望を持つことが出来ます。
象徴として、たとえ政治に関わらずとも、国の命運を祈りの力で動かしていることになります。
だからこそ国民は、天皇という立場に自らの心を投影したいと思い、「愛と希望」を見つめていたいのです。
それ故自分の心が求める御方を、天皇への道に誘う(いざなう)ことを望んでいるはずです。
自分でしっかり判断していたつもりが、実は誰かに踊らされていたとか、誤解させられていたなどが生じることは、全くないとは言い切れません。
こんな真実への確証などない様な、混沌とした現実の中で、私達は、それではどうしたら良いのでしょうか。
結局最後は「天に祈る」ことしかありません。
天の采配を受けて、「正しい、そうあるべき道を生きたい」という心を表すことしか、この世には残っていない気がします。
「天照皇大神(てんしょうこうたいじん)、八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)」という国家を守って下さる二大神に、毎朝東を向いて祈りを捧げましょう。
「正しくあるべき道が広がり、真摯で清らかな国民の心が未来を拓けますように」と祈るしかありません。
日本国という大船の舳先(へさき)が、人々が穏やかで幸せを感じる事のできる光ある方向へ向かうことを、心より祈ることしかありませんし、それこそが、命を与えられ意思や希望を持つ私達人間に与えられた、シンプルで根本的な最強の修法なのだと、私は思います。
画像はナスの花です。
紫の花はしっかりとした形を保って、夏の暑さや日差しに負けない姿ですね。
何だか心強い気持ちがします。
今日のフィ−リングは、小田和正氏の「風の坂道」、Aimer(エメ)さんの「うつくしい世界」、Paul Potts ポ−ル・ポッツ氏の「What a Wonderful World ファット・ア・ワンダフル・ワ−ルドFrom”Good morning Vietnam グッド・モ−ニンング・ヴェトナムより”」かな

