登校拒否もまた多くの場合 大切な人生の土台を作ります

日常生活に於いて「どこかへ行く」という行動の中で、なんとなく違和感を感じる日々は明るい未来を描けなくなり、遂には本当に人に会うことが辛くなることが、学校だけでなく職場や習い事や近所付き合いの中にも、生じて来ることがあります。
様々な理由で、それはある日突然に心を固めてしまうことが多いのですが、その多くの根本的要素はやはり、神仏の問題が関わっているという事のようで、長きに渡って信心をしていた家系で、何代目からかその神仏と疎遠になって来ているということが、最も多い理由かと思います。
何代も前のことは、多くの場合分からないことでしょうが、例えばその家系の中に何代も前から仏壇や神棚などがあり、外にお宮などがあったり、今はないがかつてあったと聞かされている家系では、先人方がどこかの代で健康問題や商売や出世などの理由で、信心をなさったことがあったのだと言えると思います。
何故ならその家系が4代目以上続いているのなら、普通はこの世でその家系のどなたかが信心していなければ、そこまで続いていない事が多いからです。
神や仏と全く無縁の生活を続け、家督を次の代に渡して行く家系は、その子孫の誰かは、まずこの世に流れているその家系の因縁を持って、この世に生まれて来ます。
その因縁は必ずと言っていいほど、対人、対「この世で徳を積むこと」、対神仏に於いて不備を作ってしまうものです。
その不備を修正するのに難しいものをもっているほど、その代でカルマを昇華できず、次の代に譲り渡して行くことが多いからです。
それでなおさら次の代は、神仏から遠ざかってしまう傾向にあり、これはその家系に対する「逆縁」が、導く可能性があると思います。
何らかの理由で、その家系に不幸をもたらされたとすれば、それが酷いことであるほどその家系に対して、重たい恨みを持つことがあるからです。
それが幸福を遠ざけるように、神仏から遠ざけてカルマを昇華させないようにすることが、ないとは言い切れません。
「うちは大して面倒なことをしなくてもみんなそれなりにしている」と思っても、それが一生続くとは限りません。
ある日突然その家系の「誰か」が、その先祖の「犯した不備」を背負うはめになることが、恐ろしいです。
それが実は、「毎日通っているどこか」へ行きたくなくなるようなことが、「その人」に生じる原因となることが多いと思います。
何かのきっかけで人間関係が悪化して来るように思えて、誰にも会いたくなくなるのは、その人にとって「何かが収束している」状態なのかも知れません。
そんなことが起こって来た時、誰にとっても心地よい状態ではありません。
自分自身にも未来にも、自信が失われていくことでしょう。
しかしながら実はそれだけではないと思います。
確かに日常とは違っているように見えますが、その時期を耐えて行くことは、大切なその人の人生の土台を作って行くことが多いのです。
1日中自分の家に閉じこもっている間、決して暗い気持ちでいないで下さいませ。
その時間はとても大切で、自分の好きなことをして良いと思います。
制約のない時間を過ごして、その中から時には、「人の有り様」を知っていくことが大切です。
「私があのように言ったから、人はこのように感じたのかも知れない」とか、「人はこんな時、どう考えるのか」など心で反芻しながら、冷静に記憶に残していくのです。
それが「人の有り様を知る」ということです。
そのことはとても大切で、これから生き続けて行く人生で、「自分がこの世でスムーズに生き続ける」ための、戦略を知る事ができます。
対人、対職業、対学問などに対しての素晴らしい経験を積んで、心に大切な蔵書を作ろうとしている状態なのです。
家にいる間、決して自分を追い込まないで、好きな時間の合間に時折酸っぱいレモンをかじるように、自分自身を刺激してみることをお勧め致します。
それは次の社会に出ていくための、自分自身の戦略を練る時間でもあります。
その経験は、人を憎むことをしないとすれば、必ず自分自身の宝となるはずです。
好きな人も嫌な人も、自分の人生に用意された大切な「ハードル」であると、私は思います。
今日も読んで頂けましたこと、心より感謝申し上げます。
この一週間が皆様にとって、健康で楽しいものでありますように・・・
画像は八戸市蕪島海岸です
晴れているのに涼しく快適な日で、空がとても綺麗で気持ちはまだ夏でしたが、少しずつ秋が近付いているような気もしました。
涼しかったけれど、アイスクリームは食べました。
今日のフィーリングは、ニニ・ロッソ氏の「夜空のトランペット」、YORISHIRO よりしろー神の宿る場の「調和」、ラッセル・ワトソン氏の「ワールド・イン・ユニオン(ホルスト組曲「惑星」より)かな

