海の見える病室の思い出

随分前のことですが、思ったより長引いた入院の日々、左足のトラブルでリハビリの毎日を過ごしました。
そこは港が近い、海の見える病室でした。
色々な経緯で「あの子」が私の病室に遊びに来るようになって、今までの自分の日常では考えられない様な、貴重な体験をして、そして今ではただ懐かしく思い出されます。
5、6歳位だったと思います。
とても元気で、驚くような繊細なところのある男の子でした。
それでも恐らく元気過ぎて、その大きなパワーが様々な場所で、人々には抱えきれないほどの影響を、及ぼしていたのかも知れません。
色々な理由で、私は一人の病室でしたので、「その子」が来るにはちょうど良かったのかも知れません。
トランプやしりとり、お絵かきなどしているうちに、少しだけ小さな子供の世界を理解できるように、感じてきました。
私が一人でいる時病室に入ってきて、「一人じゃ寂しいでしょ、明日絵を描いてくるよ」と言って、翌日たくさんの魚が描かれた絵を、持ってきてくれました。
そして自分で壁に貼って、「こんなにお魚の仲間がいるから、もう寂しくないよね、お魚がきっと守ってくれるよ」と言っていました。
こんなに小さい子と話をするチャンスが無かった私にとって、それは驚きと、思いがけない温かな言葉の連続でした。
ある日「その子」が小さなアイスを両手に持って、片方のアイスをなめながらやってきたとき、「アイス食べる?」と言って私を見たのですが、とても小さなアイスだったので、「両方食べて良いよ」と言ってしまった自分の言葉を、今でも後悔しています。
あれからおよそ30年間も後悔しています。
あの「アイス」は私への贈り物だったのです。
「あの子」は、両手に持った小さなアイスを交互になめていました。
私は今でも、何ということを言ったのだろうと、自分を責めています。
どうして「有難う」と言って、美味しい時間を共有しなかったのだろうと、本当に長い間後悔しました。
「あの子」の優しさをよく理解していたはずなのに、私は何にも分かっていなかったのでした。
子どもたちを見るたび、あの子の頭の良さと心の優しさを思い出します。
魚たちの絵は、私に道をしっかり踏みしめて歩ける勇気を、今でもくれているのでした。
道行く黄色いランドセルを見るとき、公園で楽しそうな声を聞くたび、今でも「ありがとう」とあの時の「あの子」に伝えています。
私にとって宝物のような思い出が、たくさんあった素敵な入院生活でした。
人はこの世で突然、自分の生きて来た環境と全く違う経験に、向かい合う日があります。
それはいつも心地良いことばかりでは、ないかも知れませんが、この世で直面することには、実はほとんどの場合、天の温かな采配があるのだろうという事を、だいぶ後になってから理解できるのかも知れませんね。
自分が生涯のうちに知るべき事柄、考えるべき事柄を提示して下さって、人間としての成長を促す事は、けして意地悪をしている訳でも、私たちを憎んでいる訳でも無いことが、この世を生き続けていくのなら、やがて分かって来るのでしょう。
それ故この世を隣人や家族、愛する人々と共に、これからも全力で生きていきましょう。
今日もまた読んで頂けましたこと、心より感謝しております。
どうぞ素敵な日々をお過ごし下さいませ。
画像は車庫から撮った風景です。
車庫のポリカーボネートを透すと、太陽の光が花火のようで、日常とは違った世界に見えました。
今日のフィ−リングは、Savage Garden サヴェッジ・ガ−デンの「Truly Madly トゥルーリ―・マッドリ−・デイ−プリィ−」、久保田由伸氏の「So Beautiful ソ―ウ・ビュ―ティフル」、Milva ミルヴァさんの「La Califfa ラ・カリファ」かな

